歩み

「歩み」  
わが甲南大学は大正12年(1923)創立者 平生釟三郎によって創設された七年制の旧制甲南高等学校を母体とし学制改革により昭和26年(1951)発足した大学であります。
旧制甲南高等学校は公立の数ある旧制高等学校と並び、学習院、成蹊、成城、武蔵の旧制高等学校とともに全国でも数少ない私立の旧制高等学校として、その個性的な学風によってよく知られ互いの親密な交流のもと その質実気風の伝統は今も脈々として受け継がれております。  
創立者 平生釟三郎先生の建学精神は知育中心の 知・徳・体 の教育を改め 一に“徳育“ 二に“体育“そして “知育“とした一貫した人間育成を目指した教育の達成にあります。 

この“平生イズム”の「三育主義」は 勿論 大学は“知育の場であり学問の府“であることを基に心身を鍛え人格形成することを基本理念とするものであり この学風は一世紀に及ぶ長い歴史の中に連綿として受け継がれております。 加えて、わがキャンパスをとりまく環境は 春にサクラ、秋には紅葉 の映える六甲連山を背に “ちぬの海“を眼下にみおろす眺望はすばらしく まさに大学環境として最適といえましょう。

旧制時代になかったわがサッカー部は この輝かしい歴史と伝統 そして すばらしい環境のもと昭和26年新制大学発足と同時に創部し 徳・体・知 の調和のとれた人間味あふれた魅力ある人格育成のための活動を展開しております。とりわけ この学風と環境のもと逞しく人格陶冶された精神と身体は わが “甲南サッカーの誇り“ とするところであります。

(1) 沿 革 
昭和26年(1951) 創 部 (4月)
昭和29年 (1954) 第一回近畿地区大学体育大会「準優勝」 第一回学習院大学・定期戦
昭和30年 (1955)第二回近畿地区大学体育大会「準優勝」
関西学生サッカー2部リーグ「優勝」 (1部リーグ「入替え戦」に大経大に敗れ昇格ならず)
第一回青山学院大学・定期戦
昭和31年 (1956) 第三回近畿地区大学体育大会「第三位」
第一回成蹊大学・定期戦
関西学生サッカー2部リーグ「連続・優勝」 (1部リーグ「入替え戦」に同志社大に敗れ昇格ならず)
昭和35年 (1960) 第一回成城大学・定期戦
昭和37年 (1962) 関西学生サッカー2部リーグ「優勝」 (1部リーグ「入替え戦」に同志社大に勝利!)
関西学生サッカー1部リーグ「昇格!」
昭和38年 (1963) 関西学生サッカー1部リーグ「第5位」
昭和39年 (1964) 関西学生サッカー1部リーグ「第6位」
昭和40年 (1965) 関西学生サッカー1部リーグ「第6位」 (「入替え戦」に大商大に敗れ「2部 リーグ」に降格 )
平成11年 (1999) 第79回天皇杯全日本サッカー選手権大会「兵庫県代表!」(関西学院大に勝利!)
平成12年 (2000) 関西学生サッカー春季2部リーグ「優勝」 関西学生サッカー1部リーグ「復帰!」
平成12年 (2000) 関西学生サッカー1部秋季リーグ「8位」
平成13年 (2001) 関西学生サッカー1部春季リーグ「8位」 (関西学生サッカー2部リーグに降格)
平成15年 (2003) 関西学生サッカー春季2部リーグ「優勝」 (2期ぶりに関西学生1部リーグ「復帰」
平成15年 (2003) 関西学生サッカー1部秋季リーグ「6位」
平成18年 (2006) 関西学生サッカー2部秋季リーグ「優勝」関西学生サッカー1部リーグ「復帰!」
平成20年 (2008) 関西学生サッカー1部リーグ「11位」(関西学生サッカー2部リーグに降格)
平成26年 (2014)関西学生サッカー2部リーグ「2位」(5期ぶりに関西学生サッカー1部リーグ「復帰」)
平成27年 (2015) 関西学生サッカー1部リーグ「11位」(関西学生サッカー2部リーグに降格)

(2) 大学定期戦  (学習院大学・青山学院大学・成蹊大学、4大学定期戦)    
大学対抗の定期戦としては “学風“歴史”環境“ そして “学生の気質“ など共通する点の多い 学習院・青山学院・成蹊 の3大学との定期戦を行っております。 特に、学習院大学 とは全国でも他に例をみない東・西に隔てた「両大学体育会・全運動部」の“スポーツ全種目“にわたる “全運動部・参加の総合定期戦” としてこの半世紀,絶えることなく脈々と交流を重ねております。 また 青山学院大学・成蹊大学 とも同じく半世紀以上にいたる長年の交流を重ね定期戦を行っております。 そして、学習院・青山学院・成蹊、各大学との定期戦にはOBもこれに呼応してOB定期戦を行い “OB相互の交流“を深め、毎年 “東・西 “で行われるOB定期戦には前日からの“前夜祭“や試合後の互いの健闘を称える“懇親会“も加わり さながらの両大学OB交流の親睦を深める行事の一つになっております。また、わが “創部50周年(2001)“ には 記念行事の一つとして「4大学の現役・OB」が一堂に会し「4大学合同記念定期戦」を“神戸・ユニバーシアード記念競技場”「3日間・専有」 して盛大に開催いたしました

(3) OB会活動と行事
* わが甲南サッカーの数ある行事の “主な催し“ としましては・・・
a)毎年1月の “成人の日“ にOB会・主催で「オール甲南サッカー フェスティバル」と銘うって 中学・高校・大学・OB そして その家族が一堂に会して終日、交歓試合を中心に “オール甲南サッカー “の相互の親睦をはかる “楽しいイベント“ を行っております。
b)「還暦」を迎えたOBには “お祝 ”として「赤パンツ・還暦ユニフォーム一式」 を贈呈し中学チームと対戦し “記念試合 “ を行っています。
c)「成人式」を迎えた現役の “お祝 “ もOB会から記念品を贈呈、多数の中学・高 校・大学、そして OBの “オール甲南のメンバー “全員で盛大なる 「祝!成人!」のセレモニー を行っております。
d)また、8月(お盆)には“オール甲南”として中学・高校・大学現役&OBが早朝から日没までの炎天下を汗とともにボールを追い現役・OBが主体により一層の親睦をはかる行事として「甲南サッカー・サマーフェスタ」を楽しく行っております。

* 現在活動している “わが甲南サッカーのOBクラブチーム “としましては・・・
「甲南クラブ」(OBオフィシャルチーム)「兵庫県社会人Ⅰ部リーグ」在籍
「東京・甲南クラブ」(学習院・青山学院・成蹊 各大学定期戦及び,東京地区OB戦 
「甲南クラブ・OVER40’s」(40才以上のメンバーのOBクラブ)
「還暦・蹴兜(shoot)クラブ」(60才以上の “赤パンツ “メンバーの「OBクラブ」があり“六甲アイランド “の専用グラウンドにおいて “老若・OB “が いつでも サッカーに参加出来る環境を整えております。

(4) むすび  
旧制・甲南高等学校時代になかった わがサッカー部は昭和26(1951)新制大学発足と同時に「創部」。
早くも 昭和30年代には「関西学生サッカー1部リーグ」において活躍!“関西サッカー界に甲南あり!”とその心意気を顕示したのであります。しかし、昭和40年に残念ながら「2部リーグ降格」となり、その後、雌伏35年、捲土重来を期し再構築の強化をはかり「1部リーグ復帰!」にむけ 現役・OBが一丸となり大いに奮闘努力するも、その道程は険しく今一歩のところで「1部リーグ復帰」を果たせず栄光への“試練の道”を辿りました。しかし、現役諸君の奮起と監督、コーチ、そして OB各位の不断の努力により 平成11年、「天皇杯・全日本サッカー選手権大会(兵庫県)」の決勝戦において「関西学院大」に勝利し“兵庫県代表!“として出場!そして、更に平成12年の「関西学生サッカー2部リーグ」においては“リーグ優勝!”を成し遂げ!“35年ぶり!”に宿願の「1部リーグ・復帰!」を果したのであります。

爾後、この“苦節35年”を糧として 更にチームが一丸となり心身を錬磨!し”気概“気骨”気迫“ある“心・技・体“の調和のとれた組織の再構築を計り、「甲南サッカー!」の常に基づくところの・・・
        ” Hitch your wagon to a Star ! ”  の
その高邁なる理想の実現に一層の努力研鑽を積むと共に現役諸君!には 将来、学窓を巣立ち!社会人として その経年を顧みた時に ・・・
よくぞ!“甲南に学び!” そして “甲南サッカー!“ に在りて    
友と共に鍛え!そして “心骨に刻した! その高潔なる!・・・
「甲南サッカー魂!」 “ No guts ! No Glory ! ! Guts ! guts ! & guts ! “・・・を 
“甲南サッカー!OB・OG “として ・・・ その”甲南・Guts !” を
更に鍛え! 立派に社会のために貢献することであります。

ここに 星霜移り、早や!六十余年! この玲瓏!なる歳月を・・・
まず、われわれは “創部100周年!” への通過点として・・・
更に 光り輝く!樹齢!“千年の常盤(ときわ)の松” の如く!みどり濃く!・・・
永久(とわ)に繁茂することを願って止みません!!
 そして、我ら!現役・OB・OG、そして、オール甲南サッカーファミリー!が
更に一丸となり・・・一層の努力研鑚を積み! ・・・
歴史・伝統ある!”天下の甲南サッカー!” として  
更なる発展に 勇往邁進!することであります!

      いざ! “天下の甲南サッカー魂!! ” ここにあり !! ・・・
“Guts ! なくして! 栄光!なし!!”  
   “ No guts ! No Glory ! ! Guts ! guts ! & guts ! “      以上
(文責:上中啓史郎)